終わりにしよう



 夏が終わってから、平くんの様子がおかしい。

 連絡がマメでないのはいつものことにしても、こんなに間があいたのは初めてだった。家にきてもビールを飲まず、煙草の残り香もない。
 これでもまだ高校生なので当然といえば当然だが、なんというか暮らしぶりにおける誠実さというか、ますますもって真剣味があるように思う。やるときはやる男だったのがさらにという感じだ。


「最近忙しいの?」


 昔は家に来るなり缶ビール片手に寛いでいたけれど、今日は違う。禁煙でも始めたのか、どこか手持ち無沙汰に視線を漂わせている。


「そうだな」

「冬なのにサッカーやるんだあ」


 冬に大事な大会があるらしいしそのせいだろうか。わたしはサッカーに興味がないし、彼に根掘り葉掘り聞いたところで教えてはくれないので、確かなことはわからない。もしかすると本命の彼女ができたのかも。


「……」

 沈黙にはかすかないらだちが滲んでいた。


「もうここには来ない」


 ついにきたか、と思う。いつかこうなるだろうと予想はしていた。卒業後関東のクラブに行くと聞いていたし、そうなればこの関係も終わりだ。だいたい、"この関係"なんて言えるほどではなかった。
 去年の夏、サークルの後輩に紹介されひょんなことから関係を持ってしまい、それからというもの彼は気まぐれに顔を見せるようになった。わたしはときどきやって来る野良猫に餌を与えるくらいの気軽さで彼を招きいれ、それなりに楽しんでいたがそろそろ潮時だと思っていた頃だった。別れの挨拶をしにきてくれるなんて案外義理堅いところもあるものだ。


「彼女できたの?」

「お前には関係ないよ」

「そうだけどさあ」


 会えなくなるなら一応聞いときたいじゃん。なんでもないふうを装って明るい言い方をするわたしの唇を、平くんは鬱陶しそうに塞ぐ。強引に割りこんできた舌がなにかを探るように口内をかき回し、ぬるい唾液が流れこんできた。分厚い手のひらがわたしの後頭部と肩を押さえつけ、身動きをとらせまいとする。

 キスをしたままベッドに押し倒された。
 逆光になった平くんの顔は、あいかわらずなにを考えているのかわからないけれど、以前と違うということだけは明白だった。わたしをはねつける、黒々とした瞳が並んでいる。
 なんとなくだけど、平くんの変化の理由は女がらみではなさそうだ。
 第一、平くんにほかの女の影がなかった日はない。彼がシャワーを浴びている間に震えるスマホにはどれも異なる女の名前が表示されていた。もともとわたしは有象無象のなかのひとりだ。彼を変えてしまうのは、もっと別のなにか。


「さみしくなるね」


 平くんの首に腕をまわし、心底残念そうに言うが、彼の心にはちっとも響いてないようだ。
 さっさとわたしの服を脱がせてしまうと、彼もTシャツを雑に脱ぎすて、わたしの体に覆いかぶさってきた。
 背中に手をまわして、はっと息をのむ。また一段と逞しくなった。皮膚の下に硬くしなやかな筋肉が潜んでいる。数ヵ月見ないうちに、変わってしまったのは内面だけではなかったようだ。


「いっぱい鍛えたんだ?」

「まあな」

「んっ……すごい、じゃん」


 いきなり指を二本も入れられて、まだあまり濡れてはいない内部を押し広げられる。いつにもましておざなりな愛撫だった。


「もういいよな」


 その言い方にはこちらの意志など知ったことではないという冷たさがあった。
 ペニスをぐいと割れ目に押しつけられて、体重がかかるごとに深々とめりこんでいく。
 何度体を重ねても、この瞬間だけは息が詰まるような苦しさと快感がこみあげてきて、たまらない心地になる。
 彼の体にしがみつくもやんわりと拒絶され、片足を持ち上げられより深くまで刺しこまれた。一呼吸置くこともせずに腰が打ちつけられる。


「っ……ふ、ぅぁっ、ッ、ぁっ、たいら、くっ」


 もうわたしの声も聞きたくないらしい。愛のないキスで口を塞がれた。脇腹に太腿がくっつくほど両脚を押さえつけられ、体の芯にふれるまで深くきびしくえぐられる。切ない快感が足先から抜けていく。
 平くんに抱かれるといつもこうだ。満たされる体に反して心にはぽっかりと空洞があいて、そこからなにもかもが漏れ出してしまう。人並みに感じる喜びとか、些細な心配ごととか。彼がわたしの中から消えてしまうと、寂しさに似た虚無感だけが残って、わたしは呆然と天上を見つめるしかない。今日もそうだった。


「……もう帰っちゃうの?」


 返事もせずに淡々と服を着ていく。たいていシャワーくらいは浴びて帰るのに、今夜はそれさえも億劫らしい。彼の濡れた髪を乾かすのが楽しみのひとつだっただけに残念だ。


「帰るさ。門限八時の寮を抜けてきたんだ」

「朝までいてよ。……ほら、今日が最後なんだから」

「お前が来たらいいさ。男子寮だぜ。そそられるだろ」

「それはちょっと気になるかも」


 下着だけ身につけて彼の背中に抱きつけば、お腹にまわした手の上に温かいものが重ねられ、喜びもつかの間、そっと手を剥がされる。
 やさしくも強い力で腕を引かれて、向かいあわせにさせられた。
 平くんの表情には清々しさが浮かんでいた。これから前に進んでいく人の顔。だとすれば彼の目にわたしはどう映っているだろう。


「……じゃあな。これまで楽しかったよ」

 この関係は嘘と駆けひきばかりだったけれど、最後にわたしの頭を撫でた、彼の手のやさしさだけは本物だった。
 胸の中心から吹きぬける隙間風を止めるすべを、わたしは知らない。




企画HOLEに参加させていただきました(2018.12/28)