不思議な夢を見たんですけど。……興味ないって? そう言うだろうと思ってました。けど責任取って聞いてもらいますからね、なんたって夢のなかのわたしは牛尾さんと絵に描いたようなデートしてたんですから!
苛立ちのかがり火を心の底で燻らせながら、彼はハンドルの上に両腕を重ね乗せ、右折のタイミングを見計らっている。ハイビームをきかせたワゴンが通り過ぎたとき、彼が目を細めながら小さく舌打ちしたのを聞き逃さなかった。
元来待つのは得意じゃないのだ。人のことは平気で待たせるくせに、彼はいつだって待たせる側の人間だから。そして守れない約束はしたがらない。
車の波が途切れた瞬間、その隙間にするりと入り込んだ。牛尾さんは車の運転が上手だ。ときどき、わざと急ブレーキを踏んでみせ、窓ガラスに頭を打ち付けたわたしを見て満足気に笑ってみたりするけれど。
あざのある頬を見つめながら、わたしは夢の続きをまくし立てることにした。憤りをどうにか鎮めようとするときの、彼の冷ややかな目が見たい。今夜はそんな気分だった。
「牛尾さん、優しかったな。手を繋いで、並んで歩いてくれた。ヒールのわたしに合わせた歩幅で」
「オレはいつでも優しいだろ」
夢のなかの牛尾さんはデートの最中しきりに携帯を気にしたりしないし、かかってきた電話にもでない。当たり前のように夕食をごちそうしてくれるし、車に乗るときなんてわざわざ外に出て助手席側に回り込んでドアを開けてくれるんですよ。信じられますか。夢かと思いましたよ。まぁ夢だったんですけど。
「牛尾さん、スーツ着てました。かっこよかったなぁ」
「普段もスーツ着てるでしょ」
「いつものとは違うんです。高そうなブランドのしゅっとしたスーツでした」
「あぁそう」
そっけない返事を聞いて胸の奥が熱くなった。たとえネガティブな方向であれ、この人の心を動かしたのは自分なのだと、そう思うと曲がった優越感が煮えたぎるのだ。
「それから、わたしたちは夜景のきれいなホテルで――」
「今日はやけにしつこいね」
突然、アクション映画の逃走シーンばりのハンドルさばきで左折すると、車はどんどん人気の少ない住宅街に入っていった。
公園の脇、淡い光の街灯の下に停車させると、ご丁寧にシートベルトをはずしてこちらに向きなおった。
「クリスマスは会えないって言ったのまだ気にしてるな?」
「全然。まったく」
嘘だった。彼は24日も25日も、例によって謎の仕事が入っていてすこしも時間を作れないと彼は言う。
「……」
皮膚の下に通う血脈まで見透かしてしまいそうな強い眼差しだった。耐えきれなくて視線を外せば、すぐに厳しい声でとがめられた。
「こっち見て」
顔に不満の箇条書きでも並んでいるんだろうか。悪事を見破る鋭い目から逃れたくて、エアコンの送風口を眺めた。
牛尾さんに嘘はつけないとわかっていても、ありのままの本心を叫ぶ勇気はない。夢の話を持ち出して、遠回しな不満は言えるのに。
「26と23だったら23のほうがいいか? まだ街もクリスマスっぽいもんな」
「無理しないでください。牛尾さんそういうの好きじゃないでしょ」
「好きじゃないね」
「ですよね」
「けどきみのことは好き」
心底面白いという表情の牛尾さんの瞳には、喫驚するわたしが映り込んでいる。
寄せられる唇を待ちながら、薄く目を閉じ、目覚まし時計が鳴らないことを震えながら祈った。
(2018.08/15 昔Twitterにあげた話です)
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