※このお話は現代設定です



 財務部の月島さんと同棲を始めて半年がたった。
 最初のうちは毎晩のように求めあい、翌日ふたり揃ってあくびを耐えていたほどだったが、近頃の月島さんは残業が多いらしく、帰ってくるのはわたしが眠ってしまったあとだ。部署は別とはいえ同じ職場で、住む家も一緒なのに、こんなふうにすれ違う生活をすることになるなんて思いもしなかった。
 今日も今日とて、わたしは夢の中で彼が帰宅した気配をなんとなく感じとるのみで、一瞬目が開いてもすぐにまた、まどろみに落ちこんでしまうのだった。

 そんな日々が続いて三週間。うっとうしい雨が止んで、ついに夏がやってきた。
 SNSにはさっそく、ナイトプールに行ったとか、海でバーベキューをした友人たちの写真が並び始める。
 わたしも月島さんとどこかに行けたらなと思う。けれど、休みの日は泥のように眠るか接待ゴルフに駆り出される彼に、たまには遊んでよ、なんてワガママを言えるほど無邪気にはなれなかった。眠りにつく直前、海でジャンプをする写真を見たせいか、月島さんと海に行く夢を見ていた。静かな浜辺を、ふたり手をつないで歩いている。
 月島さんの水着はくまちゃん柄だった。なんですかそれ、と指をさして笑う。笑いながら、海に向かって走り出したところで目が覚めた。


 月島さんが帰ってきたようだ。
 ドアの隙間からリビングの明かりが漏れている。洗いものの音が聞こえてきたので、夕飯は済ませたのだろう。スマホを確認すると、一時半だった。あいかわらず帰りが遅い。
 いつもならまた夢の世界に呼び戻されるのだが、どういうわけか今日は目が冴えていた。このまま寝たふりを続けて、月島さんがベッドに来たら驚かせてやろう。そう思っていたのに、月島さんは一向にやってくる気配をみせなかった。明日は休みだし、夜ふかしして彼の好きな戦争映画でも観る気だろうか。

 けれど、テレビの音は聞こえてこないし、リビングは静かだ。痺れを切らして起きあがり、そっとドアを開けると、ソファに座って背中を丸める月島さんが見えた。


「――月島さん? 寝てるんですか? 風邪ひきますよ」

「!? ッ、……起きてたのか」

「さっき起きたんです。……あれ?」


 そばまで行くと、月島さんが妙に慌てた理由がわかった。下半身をくつろげて、ペニスを取り出した月島さんが、自らの右手でそれを包んでいる。
 忙しさでセックスレスが続いていたが、やっぱり月島さんも我慢していたんだ。そう思うと、嬉しくて、いとしくて、感情が大波となって今にも月島さんを飲みこんでしまいそうだった。


「……悪い。変なもの見せたな」


 ベルトを締めようとする月島さんの手をやさしく押さえる。そうして彼の足元に跪けば、月島さんは目を見ひらき、わかりやすくうろたえていた。


「夜中にひとりでこんな楽しいことしてたんですか? わたしもまぜてくださいよ」

「なっ……」


 亀頭に軽くキスを落とす。らしくなく慌てる月島さんが可愛かった。  彼の目を見つめながら、一気に喉元まで咥えこむ。勢いがよすぎて、思わずえずきそうになってしまった。わたしにはこの加減がまだよくわからない。


「うッ、……んン、ッぶ」

「無理するな!」

「月島さんこそ」

「いや俺は…………うっ」


 ふたたび口の中に入れ亀頭を舐めれば、月島さんはうめき声をあげ、快感に抗うように深呼吸を繰り返し、天井を見あげていた。唾液とまざりあい、口内に独特の風味が広がっていく。スーツを着ているし、お風呂はまだだったのだろう。
 普段、月島さんから舐めろと命じられないし、わたしからしようとしても止められることが多いので、フェラチオをした経験がほとんどなかった。きっと、ほかの女の人に比べたら下手なのだろうと思う。これを機に練習させてほしいくらいだ。そんなことを考えてしゃぶっていたせいか、月島さんはいぶかしむようなまなざしでこちらを見おろしていた。


「……なにを考えているんだ」

「ちゅきひましゃんの、もっとしゃぶりたひっちぇ、おもっへまひた」

「うッ! ……こら、そこで喋るな!」


 裏筋に舌を這わせたまま喋ったせいで唾液がこぼれてしまった。頬の内側で擦り、根元を手で包みこんで上下にしごく。血管が浮き出たところを舌先でなぞる。
 しゃぶりながらパジャマのボタンを外すのは、少し難易度が高かった。一方に気をとられると、もう一方の動きがおろそかになる。
 ブラを取ってしまうころには、月島さんの瞳は期待という涙液で濡れていた。わたしの頭を撫でるやさしい手つきに反して眼光は鋭い。


「こんなことするの初めてです」

「……っ、俺もだ」


 胸でペニスを挟みこみ、上下させるたび谷間から顔を出す亀頭を唇で受けとめる。飲みきれなかった唾液が胸の間にこぼれ落ち、滑りがよくなった。
 ぢゅぷぢゅぷとひどく下品な水音と、月島さんの堪えるような息遣いが部屋を満たしていた。


「あぁッ……ふぅーっ、……ふぅーっ」


 ぢゅるる、と吸いあげれば月島さんの呼吸はますます荒くなった。腰が揺れ、今か今かとわななき始める。 普段は厳格な上司で、頼もしい恋人でもある月島さんが、わたしにされるがまま攻められ、快感に身悶える姿はあまりに扇情的だった。ずいぶん前からわたしの下着はすっかり濡れている。


「くぅッ! もう出るぞ! …………ッおい、放せ!」


 抵抗する月島さんの手を振りはらい、口でペニス全体を覆ってしまうと、より一層激しく吸いつき、顔を上下に揺さぶった。
 亀頭を舌先でちろちろとくすぐれば、ぐっと腰が浮きあがり、震えと共に熱い液体が噴き出てきた。飲みこむとき喉の奥がかすかにひりひりした。月島さんの、七色の味。
 月島さんはソファに身を預け、肩で息をしながらも、ティッシュ箱を差し出してくれた。これに吐き出せ、ということらしい。


「飲んじゃいました」と舌を出せば、月島さんはやれやれと首を振った。 「まったく、お前は―」

「月島さん、わたし、すっごく寂しかったんですよ」

「……あぁ。俺もだ」

 やさしいまなざしがくすぐったい。月島さんは、わたしの頭を撫で、

「続き、するか?」と囁く。

「するっ!」


 勢いよく抱きついて、太く立派な首に腕をまわすと、月島さんはそのまま立ちあがり、お姫様抱っこでベッドまで運んでしまう。
 マットに沈んだ体の上に、間髪を入れず月島さんが覆いかぶさってくる。体中にキスの雨を降らせながら、月島さんの顔は段々と下にくだっていく。乳首を転がされ、おへその周りをなぞられる。


「きゃぁあッ!」

 さきほどのお返しとばかりに、クリトリスを強く吸われて、真夜中なのに大声で叫んでしまった。

 人さし指を唇に当て、しぃ、と秘密めかしい笑みを浮かべる月島さんは、どうしようもなくかっこよかった。わたしの服をすべて脱がせてしまうと、太ももに音の鳴るキスを落とし、舌での愛撫を再開させた。月島さんは口を動かしながら、愛液を指にたっぷりと塗りつけて、それを中に沈めていく。一本一本がしっかりしていて、節が硬く膨れあがった月島さんの指。


「ふぁ……んっ、あぁッ、つ、きしま、さっ」


 指の腹で擦るように膣の奥を刺激されて、尾びれをはためかせる魚みたいに腰が泳いでしまう。逃さないとばかりに腰を掴まれ、さらに奥へと指を侵入させる。わたし自身も知らないところを、月島さんは熟知しているようだった。


 何度も達して、息も絶え絶えになったわたしを見て、彼はゆるやかに上体を起こした。挿入の直前になると、月島さんはいつも律儀に、


「入れるぞ」と、真面目くさった顔で宣言する。

 そのたびにわたしは、これからされるであろう行為を想像せざるを得なくなり、正体不明の震えがぞくぞくと駆けあがってくるのだった。


「んっ…………ぁ、ぅぁあっ」


 月島さんは入り口に硬いペニスをあてがうと、じっくりと内部を把握するように挿入していく。亀頭が襞をかき分ける感覚がたまらなかった。


「ッ、ふぅっ……」


 根元まで完全に収めてしまうと、眉間にしわを寄せ、奥歯を噛みしめたまま深いため息をつく。月島さんはしばらくじっとしていたが、わたしの様子を伺いつつゆっくりと腰を動かし始めた。


「痛くないか?」

 わたしを気遣ってくれる言葉と仕草が嬉しい。喘ぐことで忙しく、上手く声を出せないので、何遍も頷いて返事をするしかなかった。


 彼はわたしの両脚をぴったり閉じあわせ、高々と掲げると、自らの右肩にそれをもたれ掛けさせ腰を振った。ももの裏側がぴんと伸びて、普段とは違う、おかしなところが力んでしまう。
 わたしの足首を舐める月島さんの、射るようなまなざしが肌を貫通して、体の深層まで刺さっていった。


「ひっ、あぁッ、……うっ、あっ、あんッ」


 脚をおろし、横向きにさせると、今度はその体勢で後ろから突かれた。
 片足を持ちあげられ、角度をつけてより奥のほうへと押しこまれるので、穏やかな動きだが気持ちのよさはたしかだった。
 彼がこの体位を選ぶのは、きまって長く愛しあいたいときだとわたしは知っている。お互い楽な体勢でいられるし、深さも調節できるのがいい。スローながらも熱のこもった腰つきが、月島さんの興奮を教えてくれているようだった。


「はッ、ぁあん、……んっ、あっ、……ふっぁあッ」


 印を残すようにうなじに唇が落とされる。月島さんの息がかかり、下腹部に切なさがこみあげてくる。 後ろから体重をかけられ、ずりずり擦りあげられて、ふたたび達してしまった。


「はぁ、はぁっ……、んんッ、ふっ」


 死にかけの金魚みたいに酸素を求めるわたしの口は、月島さんの唇で塞がれてしまう。今度は仰向けに寝かせられ、正面から激しく突きあげられた。月島さんもそろそろ限界が近いのだろうと思う。どちらのものともつかぬ汗がまとわりついて、シーツを濡らしていた。


「あッ……ぁあっ、月島さん、そのままっ」


 ピルを飲んでいるから大丈夫、といくら説明しても、月島さんは中に出すことに抵抗があるようだった。ためらいがちに引かれた腰を、両脚で挟みこみ、ひっくり返った節足動物みたいに体全体をホールドする。


「ぐぅっ……! いいのかっ!」
「出してっ、あっ、あッ……中に出して、くださいっ」
「っ―、!」


 体内で月島さんのペニスが脈打っているのがわかった。はぁ、はぁ、という苦しそうな呼吸にあわせて、生温かい液体が広がっていく。

 けっして出会えはしない孤独な精子たちが、子宮と胃袋の中をさまよっているところを想像し、得も言われぬやるせなさで胸がいっぱいになった。
 月島さんは、ゆっくりとペニスを引き抜くと、わたしの濡れた下半身をティッシュで慎重に拭いてくれた。


 急に瞼が重く垂れさがってきた。ベッドの軋みで、彼がわたしの真横に寝そべったことを知る。
「おやすみ」という月島さんのやさしい声が、夢の中で聞こえた。




(2018.8/19インテで発行予定の合同誌『Summer Scenes』に収録予定)


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