馬鹿は風邪引かない、なんて言葉があるけれど、そんなのはもちろんでたらめだ。どんな救いようのない馬鹿だって気を抜けば体調を崩すし、無理が祟れば病気する。現になまえは、それこそサシャやコニーにも引けを取らない馬鹿だったが、こうして風邪を引いて寝こんでいるのだ。

 おおかた腹でも出して眠っていたのだろう。まだ肌寒い春先に、薄着のまま出歩いていたせいかもしれない。
 いつだってなまえは考えが甘すぎるのだ。そして俺はなまえに甘すぎる。



「入るぞ」



 エレンに対するミカサの執着ほどではないにせよ、教官の目を盗み訓練を抜けだして、冷えた葡萄まで持って見舞ってしまうくらいには、俺もなまえにほだされている。訓練をサボり、あまつさえ立ち入り禁止の女子寮に忍びこんだことが露見すれば、おそらく飯抜き程度の罰じゃ済まないだろう。



「……ライナー?」

「おう」



 念のためノックをしてから部屋に入ると(女子寮に潜りこむのは初めてだ)(なんだかいい匂いがする)、二段ベッドの上段でうごめいているのが目に入った。顔から下を布団で巻きつけた姿はまるで、ふかふかの春キャベツに包まれた芋虫のように見える。

 芋虫はひどく鼻声で、額には薄っすらと汗をかいていて、それなりに病人らしい佇まいだ。



「風邪うつっちゃうよ」

「大丈夫だろ」

「なんで?」

「お前と違ってやわじゃないんでな」

「……ライナーのしゃべり方っておじさんくさい」

「葡萄やらんぞ」

「やだ〜」



 サシャから「なまえが高熱で倒れた」と聞いたときは正直とても心配したのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。いつもの軽口を交わしながら、頼りないベッドの階段を上る。俺が体重をかけるたび、ギシギシとベッド全体が軋んだ。



「わざわざ訓練抜けて来てくれたんだ」

「おう」

「優しいね。もしかしてライナーってわたしのこと大好き?」

「まぁな」



 さっきまで眠っていたのだろうか。とろんとした目を擦る姿が愛らしい。元々隙の多い女ではあったが、今日は輪をかけて無防備だ。一瞬、よれた寝間着に手をかけようかと邪な考えが脳裏をよぎったが、仮にも病人を見舞いに来た手前、膨らみ始めた欲望をなんとか鎮め、なまえの枕元に腰を下ろした。



「口あけろ」



 大ぶりの葡萄の皮を丁寧に剥いていく。いたずらな煩悩を散らすように、手元に意識を集中させた。なまえの少し乾燥した唇が甘い果汁で潤っていく。次々と葡萄を舌に乗せていく様子を眺めていると、生まれたての雛に忙しなく餌付けしてやる母鳥の気分になった。



「おいしい、これ」

「サシャが持ってきてくれたんだ。後で礼を言うんだぞ」

「うん」

「それにしてもお前……よく食うなぁ」



 やがて最後のひと粒まで平らげたなまえは、まだ食べ足りないのか空の皿を物欲しそうに見つめている。これだけ食欲があれば明日には回復しているだろう。



「ライナー、指汚れちゃったね」

「あぁ」

「ちょっと、貸して」

「オ、オイ……!」



 俺の手首を引っつかんだかと思えば、それを自らの口元に持って行って、あろうことか俺の指についた果汁をぺろぺろと舐めはじめた。親指から始まり、人差し指、中指、最後は小指まで。赤い舌が細かく動いたり、ときどき甘く噛んだりする。ちゅぱちゅぱと吸い上げる音がやけにやらしくて、気が遠くなりそうだった。



「ッ馬鹿野郎!」

「もうないの?」

「〜〜〜ッない!」

「あ〜なんかお腹すいちゃったぁ」

「スゲー食欲だな……お前、本当に病人なのか」

「病人だよぉ。ちゃんと熱あるもん」

「どれ」



 ちいさな額に手を添えてみる。たしかにそこは熱かった。よく見ると顔全体が熱を持ち、火照っている。こめかみに指先を滑らせてさらに頬を包みこんでやると、なまえはうっとりと目を細め、額と同じくらい熱い吐息を吐き出した。俺は今、おかしな衝動に駆られている。

 徐々に指先を下降させ、首に手を這わせると、かすかになまえの体が震えた。鎖骨を撫でる。うなじをくすぐる。顎の下を優しく擦る。どの反応も、平常時では見せない種類のものだった。



「ライナーの体冷たい……」

「……」

「つめたくてきもちぃ」



 俺はついにこらえられず、なまえの唇に自分のそれを重ねてしまった。口内に舌を入れると粘膜を通して熱が伝わってきて、舌がとろけそうになる。

 あまり無理させてはいけないと、頭では理解しているのになかなか自制が効かない。絡めた舌からはほんのりと葡萄の香りがした。



「っ……はぁ、っ」

「……すまん」

「なん、で……?」



 「なんで謝るの」と首をかしげながら俺に腕を絡ませてくるなまえは、やはりどこか気配が違う。熱のせいか、ひとりで眠っていて寂しかったのか。理由はわからないが、挑戦的だし、謎のムードといかがわしさに満ちている。つまるところそそられるのだ。



「オイ……あんまり引っ付くな」

「やだぁ」

「いつまでもそうしてると本気で襲っちまうぞ」

「いいもん」

「……いいのか。手加減できねぇぞ」

「いつもだってしてくれないくせに」

「あぁ……それもそうだな」



 俺はなかば自棄になって、ふたたび口づけた。そうして深いキスを交わしながらベッドに沈みこむ。もうすでにへにゃりと脱力しているなまえの体にのしかかり、口のなかをめちゃくちゃに荒らしながら服を脱がせた。俺との体温差がありすぎるせいかふれたところが粟立っている。どこもかしこも熱かった。



「寒くねぇか」

「……っ少しぐらい、冷やしたほうが、いいんだよ」

「荒療治だな……」



 ほとんど裸になったなまえの体を凝視しながら、丸い肩を撫でたりキスを落とす。カーテンで締め切られた密室とは言え、まだ真昼だ。なまえの白い肌の上に浮かんだ、ほくろの数まで数えられそうだった。

 柔らかい腹に頬ずりをしながらゆっくりと下って、へその周りに舌を這わせると、声はより一段と煽情的なものになった。



「ひぅ……ひゃぁっ」

「お前、これ好きだよな」

「うぁ……っ…………らい、な、……ぁっ」



 へそを舌でなぞりながら下着に手をふれてみると、そこは湿り気を帯びていて、体中のどの部分よりも熱を持っていた。なまえの反応を確かめながら、愛液が滴る入口を指で撫ぜ、壁を擦ったり、指の関節を小刻みに曲げたりする。

 指先に絡みつく熱さに頭の奥が痺れ、思考能力が急速に低下していく。脳は今にも溶けてしまいそうなのに、全身の筋肉は硬直さを増すばかりだ。



「っ、ライナー、もう……」

「……あぁ」



 俺もそろそろ限界が近かった。早々と服を脱ぎすてなまえの両足を高くかかげる。一応「入れるぞ」と前置きはして、返事も待たずに一気に突きあげた。



「……はっ、……ぅぁ…………あっ」

「ッ……お前、スゲー熱いな…………ほんとに平気か?」



 言葉にする余裕もないのか、なまえは赤い顔を大げさに振ってうんうん頷いている。指先で感じていた以上になまえのなかは熱くとろけていて、お湯のなかに放りこまれた心地だった。お湯は快感の波を連れて、俺をどこか遠くの向こう岸まで押し流そうとする。その流れに逆らうように腰を前後に振って、理性を働かさなければいけない義務感と、飢えた情欲を交互に出し入れした。



「あっ、あんっ……ライ、ナー」



 かすれた声で名前を呼ばれると、頭のネジがバラバラに飛び散って、修復不可能になりそうになる。たとえ部品をかき集めたところで、今度は俺ではない別の物体になるかもしれない。それでもいいかと思えてしまう俺は、すでに別の、俺ではない"なにか"なのだろうか。

 腰を回しながらかき混ぜるみたいに動かすと、互いの唇から熱のこもった溜息が漏れた。俺たちは溜息で会話しているようだった。今なら互いの喜びも苦悩もすべて、なにもかもを分かち合えるような気がする。

 両足を抱え直して、奥の部分を刺激するように腰を入れこむ。ぐっと体重をのせ、体の中心に届くように。なまえの細い肩がぶるりと震え、それに伴って中が窮屈になる。たまに緩急をつけて弱い部分を突くと、目に見えて反応が大きくなった。よがる姿をもっと見たくて、同じところばかり狙っていると、なまえは呆気なく果ててしまった。
 されるがままの人形みたいな体を抱きしめて、がむしゃらに腰を振り続ける。腹の底からこみ上げてくる衝動に従って熱を吐き出しても、欲求が消えることはなかった。それどころか、どれだけ出しても満ち足りることはないようにすら思えるから、自分で自分が恐ろしくなる。

 吐き出したばかりの液体は、なまえの熱い腹の上で今にも蒸発してしまいそうだった。







H川さんへ(2013.05/12 UP)(2019.11/14 修正)



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