浩平ちゃんがこの店にやってきたとき、彼はすでに耳と、それから心を半分失っていた。ねえさんたちはそれを「コドモ返り」と呼んでいて、だから、一番年下でコドモのあたしが相手をするのがちょうどいいと言う。


「浩平ちゃん 、ばんざーい、して」


 精神的な負担が極度にかかると、ひとはまれに幼いころの人格が呼び起こされてしまうらしい。お医者さまが言うような難しいことあたしにはわからないけれど、浩平ちゃんは戦争にも行ったし双子の兄弟を亡くしたとも聞いたから、そうなるだけの理由は充分にあるのだと思う。


「ばんざーい」


 最初にきたときは服を脱ぐのも恥ずかしがっていたっけ。子どものようにいやいやと逃げる彼の軍服を脱がせ、なかば無理やり行為に及んだほどだった。今では彼自身の意思でここにやってくる。もちろん浩平ちゃんが指名するのはあたしだけだ。


「足……痛むの?」


 週に一度はここを訪れる浩平ちゃんだけれど、先月からぱったりと顔を見せなくなり、久しぶりにやってきたと思ったら、彼は片足を失っていた。  足だけでなく全体的にやつれた気もする。それでもあたしはできるかぎり動揺をさとられないように普段どおりに接した。浩平ちゃんがなにか言ってくれるまで、怪我の原因も聞いてはいけない気がする。


「これがあるから、平気だよ」


 浩平ちゃんが掲げたのは、ガラス瓶に入った液体だった。瓶の蓋には「塩莫」と書かれている。


「薬品庫から盗んできたんだッ」

「わるい子〜っ!」

「いーのいーの。……そうだ、きみも一緒に打とうよ! これがあればぜんぜん痛くないし、なんだか幸せな気分になるんだ」

「針で打つの? あたし、肌に傷つけちゃ叱られちゃうよ」

「そっかぁ」


 ぶすっ、と音が聞こえそうな勢いで針を打ちこむ。たちまち浩平ちゃんは満たされた表情に変わっていく。とろけて、そのまま実体を失ってしまいそうだ。


「ほら、きみも、ばんざーい、って」

「ふふ。あたしの着物はばんざーいしなくていいのに」

 浩平ちゃんは震える指先であたしの着物を剥がしていく。

「あっ……浩平ちゃん、もっと、さわって」

「こう?」

「ぅんっ、……そう、いっぱい、さわってほしいの」


 浩平ちゃんがいない間、ずっとずっと寂しくて。体をくねらせながら耳元で囁く。  嘘ではなかった。あたしにとって浩平ちゃんは、ただのお客とは違う。特別なひと。


「んぅっ……あっ」


 長い接吻のあと、下唇を吸われてそのまま引っぱられた。浩平ちゃんはこんなふうにあたしの全身を吸ったり舐めたりするのが好きだった。
 裸で布団の上に転がって互いの体をさわりあう。浩平ちゃんはあたしの胸の間に顔を埋めて呼吸をしたり、ときどき思い出したように乳首を吸う。こうしているとほんとうに赤ん坊みたいで可愛い。あたしの胸を一生懸命にしゃぶっている浩平ちゃんの頭をやさしく撫でてやる。しばらくそうしていた。
 すると、いきなり上体を起こした浩平ちゃんが魔羅を取りだして、
「舐めてっ!」とあたしの顔の前につきつけた。

 久しぶりの浩平ちゃんの魔羅。先端に涙みたいな雫を浮かべて、あたしの舌を待ち望んでいた。彼の目を見つめながら口に含む。舌を巻きつけてじゅるじゅるとすすり、魔羅のくぼみを刺激すると、浩平ちゃんの表情は甘だるい恍惚にとろけていった。


「……っは、気持ちぃよ」

「んッ……ふっ、ぶっ、ぐっ」


 浩平ちゃんはあたしの喉で達したいらしい。後ろ髪を乱暴に掴み、前後に揺さぶりつつ、それにあわせて腰も突きだす。いとおしい苦しさが喉元にこみあげてくる。
 やがて、呻き声と共に精液が打ちつけられた。喉の奥が焼けるように熱い。


「けほっ……」


 咳きこむあたしの背中を撫で「ごめんね」を繰りかえす浩平ちゃんの魔羅はまだ硬く、あたしを求めてくれていた。


「大丈夫だよ。……続き、しよっか」

「いいの?」

「もちろん」


 さっそく浩平ちゃんがあたしのなかに入ってきた。もう布団に滴るくらい潤っていたから指でほぐさなくても平気だった。


「はぁ……っ」


 根本までおさめた直後、浩平ちゃんが吐きだす息の、その切なさが好きだ。聞くとあたしのお腹のあたりがぎゅっと収縮するのがわかる。


「あっ、ぅ、ふっ、ぅあん、っ」


 突きあげられるたびあられもない嬌声がもれる。ほかのお客とするときと違って演技なんてしなくても勝手に声が出てしまう。片足を抱えられさらに深く入りこんできた。魔羅の先端で奥を擦られるとたまらない。浩平ちゃんはいつもあたしを気持ちよくさせてくれる。


「よ、洋平、が……ッ、きみの声、好き、だって……っ」

「んっ、あっ、あっ、洋平く、っ……んぅッ」


 洋平が喜ぶからもっと聞かせてよ。浩平ちゃんはあたしの頬を、舌全体を使ってひと舐めした。彼はこんなふうに最中でも死んだ双子の片割れと話をする。浩平ちゃんに抱かれるのはつまり、洋平くんに抱かれることと同義なのだ。
 ねえさんたちはそれが気味悪いと浩平ちゃんの相手をしたがらないけれど、あたしはこのひとが好きだった。ほかの男みたいに痛くしないし、終わったあとのおしゃべりが楽しいから。


「気持ちよかったあ……」

「あたしも……」


 終わったあと、ふたり裸で寝ころんだまま天井を見あげる。
 塩莫、という液体を打ちこんだ浩平ちゃんは、なんというかすごかった。
 痛いことや無茶をするわけではないが、その表情にはただならぬ欲情が滾っている。浩平ちゃんが楽しそうだと、あたしもうれしい。


「っ……くしゅんっ!」

「寒い?」

「うん、ちょっと……。体ふこっか」

「ふきあいっこだ!」


 手ぬぐいで浩平ちゃんの体をふくと、今度は浩平ちゃんが拙い手つきであたしの体をふいてくれた。どちらのものかもわからない、混ざりあった体液でぐちゃぐちゃだ。 布団のなかに入ってみたけれど湿っていてまだ少し寒い。
 ここ最近は一雨ごとに冬の気配を感じる。この時期の雨は雪の足音だ。


「そうだ、みかん食べる? こっちに来たばっかのお客さんがくれたの。浩平ちゃん、みかん好きでしょ」

「うん!」


 途端に目を輝かせた浩平ちゃんの口に、むいたみかんを入れてあげる。


「酸っぱくておいしいね、洋平」

「まだ時期が早いから酸っぱいね。洋平くんもみかん好きなんだ?」

「好きだよッ! ……ねっ、洋平?」


 双子の兄弟を失うなんて、どんな心地だろう。
 あたしも体を縦に裂かれたら彼の苦しみの一片くらいは理解できるかしら。


「お人形遊びする?」

「するッ!」


 浩平ちゃんはほかのお客よりも多めにお代を払ってくれる。だから、しばらく一緒にいても叱られることはない。あまり騒ぐといけないけれど。
 あたしは床の間に置かれた壺の後ろを手探りし、人形を掴みあげた。赤いべべの市松人形。人形師のお客がくれたものだった。


「こんにちは、浩平ちゃん。あたし市松人形の松ちゃん!」

「松ちゃんこんにちはー!」

「浩平ちゃん久しぶりねぇ。会いたかったわよ。次に来てくれるのはいつ? 明日? それとも来週? もうあたし、待ちきれないわ」

「今月は無理かな……そうだよね洋平」

「えーっ! 寂しいよぉ!」

「浩平もヤダーッ!」

「ヤダヤダーッ!」


 互いのお腹をくすぐりあう。そうして散々笑ったあと、口元にしぃ、とひとさし指をあてる。うるさくしちゃだめよ。
 浩平ちゃんとたわいない話をするひとときは、宝物みたいに大切だった。ふたりで子どものような遊びをしていると、懐かしくて泣いてしまいそうになる。奪われたあたしの少女時代。浩平ちゃんはそれをすくい上げて、少しずつ心に戻してくれる。


「スギモトを探しに行かないと……あいつの頭をかち割って、ハラワタ引きずりだしたら……またここに来るよ……そうだよね洋平……あぁ、きっとね……ッ!」


 スギモト≠ヘ浩平ちゃんの宿敵だ。
 している最中だって彼の名を口にするのだから相当な恨みだ。双子の片割れを殺したのはスギモトではなかろうかと思う。
 スギモトを殺したら浩平ちゃんはついに満足して、あたしの知らぬ大人の男に戻ってしまうのだろうか。きっとそれは彼にとって喜ばしいことに違いない。


「じゃあ……スギモトを殺したら。あたしに会いに来てね。絶対よ」

「うん!」


 浩平ちゃんがスギモトを殺しそこねますように。どうかもとの大人の男には戻りませんように。あたしは市松人形を握りしめ、呪いの滲んだ祈りをささげる。

 ほんとうに祈りが通じてしまって、次は逆の足とか、腕なんかも切り落とされちゃったりして。
そのときは浩平ちゃん、あたしのことも恨むかしらね。




(2018.11/20 合同誌『Winter Scenes』に収録予定)


< BACK >