夏油くんが来た。

 夜更けに、それもなんの連絡もなく。当然私は眠っていて、今もまだ夢うつつに薄暗がりの人影を眺めている。ぱちぱちとまばたきを繰りかえしながら。
 この部屋は二階にあって、戸締まりもしていたはずだけれど、どうやって入ってきたんだろう。

 ああ、これは夢なのかもしれない。きっとそうだ。夢で夏油くんに会えるなんて、ラッキーな日だなあ。


 枕元に立っている夏油くんは、私と目が合うと、この世のなによりもやさしい顔で笑ってくれた。笑うと目元が泣いたみたいになる。ハチミツをかけた卜ーストを思わせる笑顔だった。



「夏油くん……会いたいなと思ってたの。夢で会えるなんて、なんだかすてきだね」

「……そうだね。素敵だ」



 彼の立つ、暗闇のほうへ手を伸ばせば、そっと両手で包みこんでくれた。
 温かみまでもが伝わってきて、とてもリアルな感触だった。ずっとこうしていたいなあ。



「どうしてるかなって気になってたよ。メールの返事、くれないんだもん」

「ごめんね」

「嫌われちやったかと思ったよ」

「そんなわけないさ」



 夢のなかの夏油くんは、いつもより言葉数が少なかった。私の想像力が足りないせいだろう。
 夏油くんは部活(と彼は言っていたが、詳しくは教えてくれなかった)でとても忙しく、頻繁に会えないけれど、最低でも一日一通のメールのやりとりは続けていた。
 一年前から、欠かさず。それが、ここ数日はぴたりと返信が途絶えていたので、そういった私の心配が夢となってあらわれたに違いない。



「朝日が出るまで、まだ時問があるよ。もう少し眠ったらいい」

「うん。おやすみ、夏油くん」

「おやすみ……」



 夏油くんの手が、私の瞼の上に伸びてくる。おやすみ。彼はもう一度ささやいた。





ツイッターにあげたSS(19.10/7の本誌ネタ)


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