たしかにサーフィンがしたいと言いだしたのはわたしで、教えてほしいともお願いしたけれど、まさか浜辺でつまらない練習が延々と続くとは思わなかった。
想像していたサーフィンにはほど遠い。風を受けて髪がなびいて、ときどき波のなかに飲みこまれ、海の心地よさに目を細める。サーフィンってそういう爽やかなものじゃなかったかな。
すくなくともこんなふうに、じりじりと照りつくような日差しのなかで行われる部活の筋トレみたいなものではないはずだ。さっきから未蘭コーチの厳しい指導のもと、砂浜に置いたサーフボードの上で文字通り体を焼かれている。日が沈む頃には美味しそうな焦げ目がついているかもしれない。せめて半袖のパーカーを着ていてよかった。
「……こう?」
「そうだ。いい調子じゃねえか」
「じゃあもう海入ろうよ」
「おう。入ってこい」
「……未蘭は?」
「俺はここで見てるよ。万が一怪我でもしたらしゃれにならねえからな」
「えぇ〜!」
なんとなく嫌な予感はしていたんだ。だって、サーフボードをひとつしか持ってきてくれないんだもん。
昔から未蘭のサッカーにたいする意識の高さは、同世代の選手たちとは比べ物にならない。普段は彼のそういったストイックさを誇らしく思うところだが、今ばかりはあの白黒のボールが恨めしかった。
夏休みに入ってから未蘭の生活は部活部活部活で(わかってはいたけれど)ろくに会う暇もなかった。そんななか、唯一の休みである今日という日をどれだけ楽しみにしていたか。何色の水着にしようとか、髪型をどうするとか、今になってふり返ればそうして思い悩む日々はじれったくも幸福だった気がする。
「あー……、そうだな、サンダル履いて浅瀬に入るくらいならいいぜ」
よほど絶望的な顔をしていたんだろうか。
わたしの落胆を見た未蘭が、申し訳なさそうにサーフボードを持ちあげた。
「ほんとに? ほんとにほんとにいいの?」
「いいぜ。……つーか、それ脱げよ」
早くパーカーのジッパーをおろせ、と身振りで伝える未蘭の表情には期待が浮かんでいる。
よかった、今日を楽しみにしていたのはわたしだけじゃなかったんだ。
「じゃーん」
わたしが水着になると、未蘭は大げさにひゅうと口笛吹いてから、手を叩いて褒めてくれた。
「すっげーいいじゃん。ヤンジャンの表紙飾れるぜ」
「えへ〜」
照れ隠しにグラビアっぽいポーズをとってふざけてみると、未蘭は指でカメラフレームの四角形を作って、カメラマンの真似をしているようだった。未蘭のこういうノリの良いところが好きだ。ついさっきまでのことが嘘みたいに楽しい。
「行こうぜ」
そうして散々笑ったあと、わたしの肩を抱いて、海までエスコートしてくれる。肌がふれあっている部分が燃えるように熱い。目があってほほ笑みを交わしたら、額にやさしいキスが降ってきた。ここは地元のただの浜辺だけれど、レッドカーペットを歩くみたいに特別な心地だった。
(2019.01/06)
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