呼び名には魂が宿ると聞く。
まっさらだった人や物が、名を呼ばれることにより潜在意識のなかである種、色のような特徴が染みついていくのだと。
古いスピリチュアルブックからの受け売りなので眉唾だが、どうしてかすんなりとそれが腑に落ちた。俺にもメローネという名にふさわしい色が染みついていて、俺を俺たらしめる要素のなかに名前は欠かせない。そう思えてならないのだった。
「来月、予定日なの」
春らしい、穏やかな風が吹きぬける昼下がりのバール。その場にぴったりの佇まいで、彼女はノンカフェインのお茶を飲んでいる。
「ふぅん。性別は?」
「男の子よ」
こんな俺にも親切心を忘れない彼女のことだ、我が子なら地球上のなによりも溺愛することだろう。あれこれと世話を焼く姿が目に浮かび、俺はたちまちその赤子が羨ましくなった。
「じゃあさ、生まれてきたベイビィには俺の名前をつけなよ」
そよ風みたいな優しい声で、しきりに俺の名を呼んだらいい。腹をすかせたメローネに乳をやり、慈しむ手つきでおしめを取りかえてやるのだ。
毎朝毎晩メローネと呼んでやれば、俺の知らない男の血を引いた悪魔の子でも、じきに俺の色が染みついて、いつか立派な分身に成長することだろう。
「そうね、考えておく」
俺の大真面目な提案を、彼女は悪い冗談と見なしたようだ。何者も拒むことのない穏やかなほほ笑みには、すでに母親の貫禄を感じる。
「この子の名前は、彼の祖父から頂こうと思うの」
「あっそ」
優しい暗がりのなか、なま温い海に浸る幸せな赤子が羨ましくて憎らしい。外側からそれを撫でる母の手を眺めていると、憎しみはいっそう募った。
たった今、俺の分身になりそこねたただの肉塊は、できたての鼓膜でもって母の声を聞こうと必死だ。
メローネ、いい子、メローネ、おやすみ。
(2020.10/11 加筆修正し再掲)
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