俺の知っている女のなかでも彼女は格別幼かった。姿かたちや身につけているものは年相応だし、可愛いというよりか美しいに分類される顔だちだったが、二十を過ぎた今なお純真無垢な幼子のようだった。
 なまえはアジトから一番近い花屋の娘で、俺が立ちよれば決まって向日葵のような笑顔を見せてくれた。俺みたいな素性の分からない、ましてや雑談をするだけで滅多に花など買わないような男に対しても気さくに接客するのがあの店のモットーであり、それが彼女の性質でもあるらしい。
 瞬きと同じ速度で腰をふる女たちばかり見ている俺にとって、なまえはよくも悪くも稀有な存在だった。


「チャオ、メローネ」

「チャオ。その花、綺麗だね」

「でしょう。さっき入荷したばかりなの」

「へぇ。なまえの誕生花じゃあないか」

「うん、そうなの……あれ、わたしメローネに誕生日を教えたかしら?」


 誕生日もさることながら、誕生花をいちいち把握しているなんて不気味だろうに。そう吐き捨てたい気持ちは心のなかで握りつぶし、代わりに近くにあった花を一輪抜きとり、わざと落とした。


「あっ、いいわよ、わたしが拾うから」


 こうすると彼女は、毎度快い返事とともに、尻を突きだして前屈みになるのだ。俺の視線にも気がつかないあたり、彼女はやはりどこか抜けている。
 そして俺は、そんななまえの純粋さに、からだの芯を揺さぶるほどの魅力を感じていた。


「この花、一輪もらえないか」

「めずらしいね。プレゼントかなにか?」

「いや、職場に飾りたいんだ。男ばかりで殺伐としているからね」

「ふぅん、そう」


 彼女はうれしそうに俺の指から花を抜きとると(感情と表情が直結しているところもじつにいい。ベネだ)、もう一方の手で白く小さな花をいくつかつまみ「これはおまけね」と、人差し指を唇に押しあてた。
 鼻歌交じりに可愛らしい包みを取りだすと、赤子を寝かしつけるみたいな丁寧さでちっぽけな花を包んでいく。それら一連の動作を眺めながら、その慈しむように扱われる花たちを、まったく別のモノ≠ノ置き換え妄想するのは、なんというか至福だ。


「ねぇ、メローネはどんなお仕事をしているの?」


 普段は挨拶程度しか話さない彼女にしては、めずらしく踏みこんだ質問だ。
 そこで俺はひとつ、他愛もない悪戯を思いつく。


「PCを使うお仕事? それ、いつも持っているね」

「ああ、これで子どもを作るんだ」

「え?」

「ベイビィフェイスっていうんだけど、いわゆる殺人兵器さ」


 まともな人間なら鼻で笑ってしまうような、ジョークというにもお粗末すぎる意味不明な発言だが、彼女は俺の狙いどおりに真に受けて固まってしまっていた。少女のような穢れない彼女の瞳は、恐怖や悲しみ、驚きといった様々な感情が混在していて、嵐の日の海原のようにとぐろを巻いていた。
 開きかけた唇と、さきほど俺が注文した花を持った手がわずかに震えている。ラッピング途中だったリボンは今まさに、彼女のピンク色の指先から、濡れて黒ずんだコンクリートの上に落ちていくところだ。


(ディモールト! なんて美しい表情をするんだろう!)


 ああ、俺のスタンドがもし、目で見た記憶を後々再現できるようなものだったなら、どれだけ幸福だろうか。あるいは録画できるものでもいい。なんだっていい。今この女を保存しておけるものならば。そうだとしたら、どれだけ素晴らしいか。
 もしも俺がそんな神器を持っていたなら、再度彼女の姿を再生して、一人ナニをしごいてやるんだ。怯えきったなまえの顔を惜しげもなく見つめ、そうして最後には震える唇に溢れでたものをぶっかけてやろう。
 叶いもしない欲求ばかりがむくむくと膨らみ、口元が緩んでいく。残念ながらそんな能力はないので、代わりに俺は、瞬きすら惜しんで、目下の光景を瞼の裏に焼きつかせようと躍起になった。

 俺が「冗談だよ」と言って彼女が笑いかけるまで、あと二秒、一秒。





(2012.01/22 UP)(2019.07/07 修正)


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