ハロウィンパーティなんてどうだろう。
ジョルノがそう言いだしたのは、まだ暑さの残る夜のことだった。
うちの会社にはイベント企画の部門もある、なんて話をしたことを、私自身でさえ忘れていたくらいなのに。彼は記憶力がいい。私に関することはとくに、何気ない会話でも覚えていてくれる。
「きみから話を通しておいてくれませんか」
「いいけれど……でも、どうしてハロウィンなの?」
「羽目を外すなら、もっともらしい口実があったほうがいいだろう? ぼくだって、パッショーネのボスとして参加するより、ドラキュラとして招かれるほうが気が楽だし……」
意外だった。彼にもこんなかわいらしい遊び心があったとは。
「あなたがドラキュラになるなら、私は――」
「きみはきみのままで十分素敵ですよ」
「仮装のドレスコードがあるのに、主催のパートナーが普通のドレスでもいいの?」
「そんなに気になるんだったら、ドラキュラにさらわれた美女ってのはどうですか。だいたい、ぼくの連れに文句言うようなやつ、この国にはいやしないんだ……」
気にするだけ無駄だよ。
そう言うとジョルノは、シーツに包まり先に眠ってしまった。
彼の背中に浮かぶ骨の膨らみをなぞりながら、黒いマントを羽織り、白い牙をちらつかせる様子を想像してみる。かたわらに佇む女のドレスは、やはり血のような赤がふさわしいだろうか。
あれから三ヵ月が経ち、パーティは成功裏に終わった。
彼がどのような意図で企画したのかは私にもわからないけれど、親睦を深めるという目的であれば達成されただろう。みんなほんとうに楽しそうだった。
「やっぱり慣れないことはするもんじゃあないな……」
当の本人は踊り疲れたのかずいぶんとくたびれている。シャツのボタンをいくつかはずしたものの、脱ぐ気力すらないみたいだ。乱れたオールバックの髪と、はだけた首元をそのままに、ソファに身を沈めている。
「だいぶお疲れみたいね」
「あぁ……。もう、かろうじてきみと風呂に入るくらいの力しか残ってないですよ」
「それだけできれば十分でしょう。……待ってて、今お湯をためてくるから――」
「行かないでください」
手首を掴まれ、引っぱられるままに倒れこむ。倒れた先は彼の胸のなかだ。そうして漆黒のマントでもって、すっぽりと包まれてしまった。
ドラキュラは獲物を手放す気がないらしい。身じろぎしてみるも、さらに強い力で抱きしめられた。
「ジョルノ……?」
彼がこんなふうに甘えたがるのはめずらしい。なにか、彼を疲弊させるほどのできごとでもあったのだろうか。
「……ときどき、自分が何者かわからなくなるんです」
「今夜はドラキュラよね」
「そうですね……そしてきみはドラキュラにさらわれた美女だ」
「あぁ怖い。きっと今から生き血を吸われてひからびちゃうんだわ」
つまらない冗談に彼は力なくほほ笑むと、私の首筋に唇を這わせた。
その感触に、ほんの一瞬、呼吸が止まる。
「……きみを抱きしめている瞬間だけ、ぼくはぼくでいられるんだ」
耳をすましていなければ聞きのがすような、ちいさなちいさな声だった。
「なにかあったの?」なんて聞いたところで、きっと私には打ち明けてくれないだろう。弱音や愚痴は、彼が嫌う無駄な行為のひとつだ。
口を開くかわりに、私は彼の頭を胸のなかにしまいこみ、やさしく抱きしめた。ジョルノがジョルノとしての形を取り戻しますようにと祈りながら。
(2019.11.06)
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