パーティは苦手だ。
華やかなBGMに、シャンパンやカクテル、薄暗がりを飛び交う色とりどりの照明。
そうした賑やかな雰囲気のなか、自分だけがこの場から、世界から、ぽつねんと取り残されたように感じる。実際ぼくはひとりだった。パートナーを連れてこなかったし、仮装というドレスコードさえ守らなかったので、そうなってしかるべきなのだ。
手なぐさみに受けとったシャンパンを飲みながら、壁に寄りかかる。
フロアの中心では、ミスタと彼女が楽しげに踊っていた。仲良く揃いのコスチュームを着て、それも、ロミオとジュリエットだ。意外にもロマンチシストな一面があるのだろうか。ディカプリオには程遠いが、幸せそうだった。
「あなたがパンナコッタ・フーゴ?」
さきほどから視界の端にちらつく人影には気づいていた。
彼女は最近になって北部のシマからネアポリスに配置換えされ、それもジョルノの側近として暗躍しているらしい、なんて噂をさっきトイレで耳にしたところだ。さぞ優秀なスタンド能力なのだろうが、ぼくはなにも聞かされていない。それどころか、ぼくはここしばらく任務で街を離れていたので、お目にかかるのは今夜が初めてだ。
「そうですけど」
「ふぅん……。私の名前は、もう知っているわよね」
「えぇ」
なまえ・みょうじ。
そうして彼女は、上から下まで品定めするようにぼくを見た。
やりかえそうにも、彼女のコスチュームではちらりと目をやるのさえ気が引ける。
「あなたのコスチュームはなんの仮装? ただのスーツに見えるけれど」
「ぼくはぼくです」
「つまり、パンナコッタ・フーゴのコスプレってことね」
「そうなりますね」
「ふふ」
「……きみこそ。それはいったいなんだい?」
「サキュバスよ。知らない?」
彼女は両手を頭の上にあげ、くるりと一回転してみせると、最後には意味ありげに唇の片側を釣りあげた。
知っている。サキュバスなら、知っているとも。そうでなくて、少々露出が激しすぎる、という指摘のつもりだったのだが。まさかその格好でここまで来たわけじゃあないだろうな。きっと、マントでも羽織って――いや、それはそれでまずいか。
「来て」
急に手首を掴まれて、反射的に振りはらってしまった。足元ではシャンパングラスが割れている。
彼女は片眉を上げ、目元に驚きを滲ませていた。ぼくがそうしたいくらいなのに。
「すまない、その…………」
気が置けない仲間たちと適当に踊ることはあっても、こういう場で、しかも初対面の女性と呼吸をあわせて立ち回る自信はなかった。それに彼女は、なんていうか。あまりに薄着すぎて、密着するのは抵抗がある。
「ぼく、ダンスは……」
「なんだ、そんなこと!」
手を後ろで組んでいたせいで、今度はネクタイを引っ張られ、無理やりダンスフロアに連れだされた。まるで犬の散歩じゃあないか。もちろんぼくのほうが犬だ。
「ッ……きみ、強引だってよく言われるだろう」
「あなたは? 意気地無しだってよく言われる?」
「……なんだって?」
「やだ、ムキにならないでよ」
ぼくの首元に手をまわし、音に乗ってゆらゆら揺れる。揺れる。彼女の髪、ピアス、胸。臀部から伸びる、悪魔の尻尾。ぼくの瞳もそれらにあわせて揺れているのだろう。
「ずっとあなたに会ってみたかったの」
「……そうですか」
「理由は聞かないのね」
興味がない、というふりをしたが、ほんとうは聞く勇気がなかった。
詳細ないきさつを知らされていないであろう、いち構成員からのぼくの評価などしれたことだ。間違いなくろくなものじゃあない。今でこそパッショーネの一員として、形式上は受け入れられてはいるけれど、裏切り者として始末された可能性もあったのだ。いまだに一部からの風当たりは強い。
「いたっ」
余計な考えを巡らせていたせいで、足元への注意が散漫になっていたようだ。彼女の足を踏んでしまった。
「すみません」あやまるぼく。無様だった。
「いいのよ」あっけらかんとした返しだ。
あぁ、だからいやだと言ったんだ、ダンスなんて。そこまで言いかけたとき、彼女はいきなり飛びはじめた。飛ぶ。ジャンプだ。
「アフリカの、とある民族はね、こんなっ、ふうにっ、垂直にジャンプするのが、踊り、だって聞いたわ」
「はあ」
「つまり……彼らから見れば私たちのダンスは物珍しい動きに見えるんじゃあないかしら? 上手い下手に関わらずね」
――形にとらわれちゃあだめってこと。
彼女が飛ぶたび体のあちこちが揺れるので、ぼくは目のやり場を失ってしまった。彼女を視界の端でとらえたまま斜め下を見つめる。ピカピカの床だ。ネアポリスでも一番の高級クラブを貸し切っただけある。
「どう? ジャンプするだけ。できるでしょう?」
「……わかった。わかったよ」
「やってみて」
髪も衣装も乱れていたが、彼女は直すそぶりすらみせない。その笑顔は、たしかにサキュバスを思わせる、邪悪なほどの無邪気さがあった。
彼女に両手を握られたまま、ぼくは軽くジャンプしてみる。できればこんなこと、やりたくはなかったが、そうでもしないかぎり彼女は飛びつづけるだろうと思われた。組織の集まりでこれ以上人目を引くのはごめんだ。
「もっと!」
「なぁ……なんだか馬鹿げてないか?」
「馬鹿げてる、ですって?」
やれやれ、信じがたいな、というふうに彼女は首を振った。まるでぼくが手に負えない教え子だとばかりに。
「そうよ、馬鹿になるのよ。真剣に馬鹿になるの」
「意味不明だよ……いったいなんのために?」
「理由なんてないわ」
「まったく……なにひとつ理にかなっちゃあないな」
「ダンスは理屈じゃあないの、感情そのものよ。情熱なの」
その言葉には妙に説得力があった。瞳はエネルギーに満ち満ちている。なるほどこれが情熱と呼ぶべきものか。
がらりと曲が変わった。いかれた彼女に、いや、ぼくたちに、DJがあわせてくれたんだろうか。それは、むちゃくちゃな踊りにふさわしいヘヴィメタルだった。
「さぁ、続けて」
彼女の声にうながされ、ぼくは思いきり飛んだ。着地と同時に頭を上下に振る。彼女の笑いは、笑いというよりシャウトだった。ぼくにあわせて上半身を振り乱す。また変な動きを――あぁ、マイケル・ジャクソンか。へたくそなムーンウォークだ。しかし愉快だった。
「きみはいつもそうなのかい」
「なに?」
「いつもそんなにむちゃくちゃなのかい!?」
「聞こえないわ、ぜんぜん」
「……きみといると、楽しいなって言ったんだ」
「えぇ、私も楽しい!」
なんだ、ちゃんと聞こえているんじゃあないか。意地が悪いなぁ。
ぼくはお返しに、彼女のへたくそなマイケル・ジャクソンを真似てみる。それを見て、彼女がまた大笑いした。気づけばぼくも腹の底から声を出して笑っていた。かつて仲間たちとそうしたように。
「キャハハ」
音の洪水のなかから、彼女の笑い声だけを掴みとれる。不思議だ。ぼくの視界は、彼女を中心にしてめくるめく回転を続けていた。
あのシャンパンになにかが、ぼくを幸福にさせるなにかが含まれていたのではと疑うほどに、目に映るすべてが輝きを帯びている。サキュバスの肩越しにロミオとジュリエットが熱烈なキスをするのが見えた。赤、青、緑、黄色。幸せな色の雨に打たれ、今にも泣いてしまいそうだった。
今さら、神だとか死後の世界だとかを語る気はないけれど、彼ら≠熏。ここで、音と光と、人々の群れにまぎれて、パーティを楽しんでいればなと思う。なにしろ今夜はハロウィン、死者の霊が彷徨う夜だ。今夜くらい、生と死の境界が曖昧になったっていいじゃあないか。裏切り者のぼくがボス主催のパーティではめを外したって。
なぁナランチャ。きみもそう思わないかい。
(2019.10.09)
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