秋と言ったら読書じゃあねぇか。昨夜、電話越しの彼は当然だとばかりにそう言った。

 デートがしたい、映画を観に行きたい、買い物がしたい。そんなわたしの希望をことごとく無視して「二時に俺ん家来いよ。じゃあな。ブチッ、ツーツーツー」不満を漏らす余地もなく、一方的に通話は終了した。


「あ〜あ〜。映画観に行きたかったなぁ〜」

「しつけぇなオメーも」

「だって、ギアッチョも観たがってたじゃん」


「そ〜だけどよ〜。やっぱ秋と言えば読書の秋だろォ〜」


 出た。出ました。読書の秋。
 芸術の秋。スポーツの秋。食欲の秋。ほかの季節にはないのに、どうして秋だけはこんなに沢山のふさわしいとされるものがあるのだろう。べつに食欲の春でもいいし、読書の冬でも、睡眠の夏でもいいじゃないか。
 そんなふうに反駁したってどうせ、意地っ張りで強情な恋人には届かないだろうから、わたしは大人しく指定席である彼の真隣に腰かけて、もう何度観たかもわからない古い映画を眺めながら憤りを押しこめる。
 すでに物語りは終盤にさしかかり、二人の間で起きていたすれ違いは嘘のように解決しハッピーエンドは目前だ。


「どっちにしろ今日は天気悪りィし、映画は今度だな」

「今度っていつ〜?」

「今度は今度だ」

 たぶんギアッチョの言う今度とは、公開期間が終わり動画配信サービスに追加される頃なのだろう。そういう人なのだ。

「なぁんかさ〜、最近家ばっかりだよねぇ」

「そうか?」

「そうだよ」

「……」

「付きあいたては毎週どこかに連れて行ってくれたよね。車で海沿い走ったりさ」

「アァ……そうかもな」

「昔は毎日電話くれたのに今じゃ週に一度のメールだけだしぃ」

「うるッせぇなァ〜。ちったぁ黙れねぇのか」

「そんなにじゃまなら帰るけど」

「……クソッ」


 ギアッチョはいらだたしげに頭をかきむしると、わたしの顎を乱暴に掴んで唇を押しあてた。「これでチャラだ」と言いたいらしい。
 しかしキス一つでほだされるほど盲目的に惚れこんだ時期はとうに過ぎてしまっている。それどころか口づけの仕方までおざなりな気がするから、わたしたちの関係は思っている以上に冷めてしまったのかもしれない。


「……」


 わたしが口を閉ざしたところで完全な沈黙にはならなかった。窓にぶちあたる秋らしい風がこの部屋のBGMだ。
 悔しいけれど、たしかに今日は行楽日和とは言いがたい天候だった。こんな強風のなか出歩いたら、髪型は乱れるし、スカートがめくれてギアッチョの機嫌が悪くなるのは目に見えている。この人はものすごく嫉妬深いのだ。


「ギアッチョぉ……」

「……なんだ」

「暇」

「そーかよ」


 ギアッチョの家には無駄なものがほとんどない。なんというか、整然としている。床には塵ひとつなくゴミ箱さえも綺麗だ。ベッドはいつも清潔でぱりっとしたシーツが敷かれており、本棚はいつ見てもアルファベット順に並んでいる。
 くせのない家具で揃えられた室内は、あまりにこざっぱりとしすぎていてモデルルームに迷いこんでしまったような心地になってくる。ようするに落ちつかない。
 隣を一瞥してみる。やはりギアッチョは恋人よりも紙の上のインクを目で追うことに夢中だ。こう見えて彼はかなりの読書家なのだ。普段は短気でやかましいほどだが、本を読んでいるときだけは落ちついている。案外集中力があるのだろう。
 わたしはあきらめて立ちあがると、わけもなく部屋をうろついた。家捜ししてもこの家にはわたしの興味をそそるようなものはないし、唯一の遊び道具であるPCにふれようとするとギアッチョは烈火のごとくわめきちらすから(まったくなにを隠しているのやら)ほんとうにすることがないのだけれども。
 癪だがここは彼の言うとおり、しとやかに本でも読むのが賢い選択なのかもしれない。のろのろと本棚の前へ行ってみるが、整頓された本のなかにはわたしの琴線にふれそうなものはないようだった。
星を継ぐもの≠ニか宇宙への序曲≠ニか、ざっと見るとSF小説が多い。
怒りを鎮める心の鍛え方≠ネんてのもあるが、この自己啓発本は効果がなさそうだ。踵を返そうと上半身をねじらせた瞬間、一冊の本の背表紙が目に留まった。
100のアイラブユー=H
 なんだかすごく甘ったるいタイトルだ。ギアッチョはラブストーリーなんて好みではなかったはずだけれど。


「なにこれ……?」


 堅いタイトルが並ぶなか、その可愛らしい背表紙のデザインは明らかに異質だった。白とピンクであしらわれた本なんてこの家にはほかにない。


「うわぁギアッチョってこういうのも読むんだ〜」

「おい、あんま散らかすなよ」

「これって詩集じゃん。もしかして意外とロマンチストなわけ?」

 手にしている本を掲げると、ギアッチョは間を置いてからだるそうに顔をあげた。本を視界に捉えると一瞬カッと目を見ひらき、その後はいかにもとりつくろった表情で「……あぁ、それな」と呟いて、ふたたび手元の本に視線を戻した。
 ギアッチョとはそこそこ長い付きあいだからわかる。彼を愛しているからこそわかる。あの反応を見るかぎり、この本にはなにかあるぞ、と。


「これ、誰かからもらったの?」

「いや……買ったもんだ」

「詩集を? ギアッチョが?」

「わりぃか」

「べつに、悪くはないけどさ……」


 あやしい。スゴクあやしい。貰い物にしても火にくべてしまうぐらいこの手のジャンルには拒絶反応を示す人なはずだ。ましてや、みずから好きこのんで買うわけがない。ありえない。だって、こんなスイーツな詩集は、よく海外ドラマでバレンタインプレゼントとして贈るようなものじゃないか。
 もしかして「 ギアッチョへ、愛をこめて。アレクシスより 」なんてサインがキスマークと共に書かれているんじゃあないかと思ったが、見返し部分にはただ悪趣味なハート柄があしらわれているだけだった。
 ほんとうに魔がさして買ったのだろうか。それにしては読みこんだ痕跡がある。謎は深まるばかりだ。


「ん……? なんだろ」


 ぱらぱらとページをめくってみると、なにかが滑りおちてきた。
 シンプルなデザインのメッセージカード。ギアッチョが好みそうなデザインだ。
 二つ折りにされた厚紙を開くとそこには、我が目を疑う、驚愕の言葉がしたためられていた。


『 この心も体も、すべてをお前に捧げたい。愛をこめて。 ギアッチョ 』


「……」

 なるほど。これで合点がいった。すごく、ものすごく気に食わないけれど、一応この謎は解けたのだ。
 ギアッチョは昔の恋人にメッセージカードを贈るため(もしや別の恋人がいるのだろうか……? いや、そんなはずはない)その参考資料として、この悪趣味で、野暮ったい、寒気を催すような詩集を購入したらしい。
 わたしは彼からラブレターもメッセージカードも貰ったことはないけれど、以前付きあったどこかの誰かには喉が痛くなるほど甘い愛の台詞でもって口説いていたのだろう。この心も体も? すべてをお前に捧げたい? 愛をこめて? ……。
 口のなかでそれを復唱するうちに、段々とむかつきが募ってきた。今わたしの心では悪魔が堪忍袋に空気を入れこんで爆発寸前だ。
 ――だって、だって、わたしのことは映画に連れて行くことすら億劫がるくせに。ひどい。ひどいよ。ギアッチョのばか!
 わたしはそのイラつく詩集を持って、彼から一番遠い椅子に座った。ばふん、と音が鳴るぐらいの勢いでお尻を落としたから、ギアッチョもさすがに本から目を逸らしこちらに視線をよこした。でももう遅い。


「おい」

「……」

「オイッ! 聞こえてンだろ〜が! 返事しろ!」

「なによ? うるさいなぁ」

「〜っ! なんでそっちに座わるんだよ!」

「どこに座ったっていいでしょ。椅子はひとつじゃあないんだから」

「さっきまでこ! こ! に! 座ってただろ〜がッ!」

 ギアッチョがばふばふとソファを叩くせいで埃が舞っている。ついさきほど人に黙れと命令していたくせに。うるさいのはどっちだ。

「そうだっけ」

「……なにすねてんだよ」

「すねてなんかないけど?」

「……」

 こっちが近づけばうっとうしがるくせに、遠ざかればすりよってくる。気まぐれな猫みたいだ。

「面白くねぇ」

「ふんっ」


 面白くないのはわたしも同じだ。久々のデートだと、この日をずっと楽しみにしてきたのに。最低な休日になってしまった。
 目を合わせないように壁際を向き続けていると、ふと気づけばすぐ真横にギアッチョの顔があった。この男は異様に忍び足が上手い。まるでニンジャである。気配を消すことにおいて右に出るものはいないだろう。
 息がかかるほど間近でわたしを睨みつけているギアッチョを、それでも無視してそっぽを向いていると、耳をつままれて無理矢理目を合わされた。


「痛い痛い痛い! ちょっとやめてよぉッ!」

「せめて訳を言え」

 打って変わって、指の背で頬を優しくなぞりながら「なっ?」なんて首をかしげるものだから、決して聞くまいと思っていたのに、つい口を滑らせてしまった。 「この本だけど……」

「あぁ……それがどうした?」

「これ……メッセージカード、誰にあげようとしたの?」

「……ッ!」

「昔の恋人? どんな人だった? わたしよりも美人? 料理上手? ……まさか浮気なんてしてないよね?」


 メッセージカードを手わたすと、ギアッチョはいたずらがバレたときの猫みたいな顔をしていて、わたしは思わず怯んでしまった。
 誰しもひとつくらい、恋人に言えない過去がある。わたしだってギアッチョがはじめての人ではないし、ほかに愛した人もいた。
 けれど、今は文句なしにギアッチョが一番だ。ナンバーワンだ。これまでの、ほかの誰よりもギアッチョを愛している。それを相手にまで押しつける気はないけれど、自分が愛する人の特別な存在になれないのは、やっぱり悲しい。
そうだ、わたしは悲しいのだ。
 絶対に泣くまいと決めていたのに、固い意思とは裏腹に涙はどんどん溢れでてくる。


「今年のバレンタイン……覚えてるか?」

「ぐすっ……バレンタイン? ギアッチョ、指輪、くれたよね」

「あぁ……。それと一緒に、カードも添えるつもりだったんだよ……クソッ」

「え……?」


 言葉を失ったわたしを置きざりにしてギアッチョは無言で立ちあがり、引きだしを豪快に漁り始めた。整っていたデスク周りは見る影もなくグチャグチャだ。
 ほどなくしてなにかを見つけたのか、小箱を抱え、ずんずんとこちらに戻ってきた。
 小箱はクッキーの空き箱らしかった。ギアッチョはわたしの目の前でぱかりと蓋を開け、ためらいもせずそれを逆さまにし中身をばら撒いた。
 いくつものカードがわたしの膝に降りそそぐ。なにかのマジックを見せられたときのように、胸が高鳴った。


「あ〜ッ!! チクショ〜!」


 ギアッチョは奇声を発しながら、頭を掻きむしり背中を向けてしまった。
 くるくるの柔らかそうな巻き毛の隙間から見える耳は真っ赤だ。


「ねぇ、ギアッチョ……これ、見ていいの?」

「……好きにしろ。その代わり泣きやめよ」


 床に不時着した一枚を拾い、読みあげる。
 気障ったらしい愛のメッセージの冒頭には、ギアッチョ独特の癖字で"なまえへ"と書かれていた。


「ギアッチョ、これって……」

「悪かったな! 俺にはンなむず痒い愛の台詞なんて似合わねぇだろッ! 笑いたきゃ笑えよ! クソッ!」


『 いつも素直に思いを伝えられないんだ。こんなにも愛しいのに。愚かな俺を許してくれ 』

『 お前と会えないと、喉を塞がれたように苦しいよ。夏空に引き裂かれたアルタイルとベガのように 』

『 どんなに怒り狂ったときでも、お前にふれられるとすべて忘れてしまうんだ。なまえなしでは生きていけない 』

『 俺の太陽。どうかいつまでもそばにいて、凍えた俺の心を温めてくれ。その輝きで俺は救われる 』


「……キャ――― ア!!」

「オイッ! っうるせぇぞ! もう見ただろ?! 満足したならそれ返せッ!!」

「きゃ〜! きゃ〜! ぎゃ――― あ!!」

「だ〜まれッつーの!!」


 ギアッチョは荒々しくわたしの手首をわしづかみ、ぐいと引きよせて胸のなかに収めた。きつく抱きしめられたことで耳が胸元に張りついて、彼のハイスピードな心音が聞こえてくる。それにつられてわたしの心臓も騒がしくなってきた。
 読んでいるこっちまで恥ずかしくなる愛の詩のなかには、ボールペンでぐちゃぐちゃに書き消そうとしたものや、紙ごと丸めてしまったものまであり、作業中の彼が思ったとおりにいかず、いらだつ様子が目に浮かぶようだった。
 薄暗い部屋のなか、背中を丸めてデスクに向かい、電気スタンドの明かりを頼りに四苦八苦していたのだろうか。
 とてつもなく辛いものを食べたときのように、愛しさが後から後からこみあげてきて、とうとう押さえきれなくなった。


「あぁっ、やだ、ギアッチョ、どうしよう、すごいすき」

「……うるせぇ」

「ギアッチョ、好きだよ、大好きだよ、ねぇ、どうしよう」

「なにがどうしようなんだよ」

「好きの気持ちが振りきれすぎて、心がおかしくなっちゃいそうなの」

「意味わかんねー」


 抱きしめる腕の力が急激に強まり、呼吸さえつらくなるほど肺が圧迫された。
このまま押しつぶされて死んでしまっても構わない。本気でそう思ったのに、ギアッチョは徐々に力を緩めてしまう。そして、わたしの頬に手のひらを添えた。


「もう泣くんじゃあねぇよ……鼻の頭赤くなってんぞ」

「ギアッチョだって耳赤いよ。顔も真っ赤だし、茹でタコみたい……」

「うっせぇ!」

「ねぇ、今年のナターレにはどの言葉をくれるの?」

「やらねぇよ」

「え〜!?」 「俺には向いてねぇだろ、んな気障な台詞は」

「そんなことないよ。ぴったりだよ。特にこれとか……その声、その仕草、お前のすべてに俺は虜だ=A……っ、プハッ!」

「笑うな!!」

「ねぇ〜お願い〜、これ、一枚でいいから。ちょうだい?」

「ハァ? なにに使うんだよ」

「宝物にする」


 わたしはとても真面目な要求をしたつもりなのに、ギアッチョはあきれ顔をして風船の空気が抜けていくような笑いを漏らしただけだった。


「へんなやつ」


 ギアッチョはわたしの頭を撫でると、額に音の鳴るキスを降らせ、瞼には綿毛のような優しいキスをした。これは彼がとびきり機嫌のいいときにだけ行う愛情表現だ。
 慈しみがこもったまなざしでそれを幾度も繰りかえすということは、今のギアッチョは相当ご機嫌なのだろう。


「もう一度それ見ていい?」

「だからよォ〜……って、オイ、勝手に漁るな!」

「なになに〜? 眠れない夜はお前を思い出す。毎晩抱きしめて眠りたい≠セって〜!」

「やめろっつーの!!」

「だだだ抱きしめて〜ッ!」

「っっっるせぇえ〜!!」


 床に落ちていたメッセージカードの山の一部を両手で抱えて、部屋中を駆けまわる。追いかけてくるギアッチョをひらひらとかわしながら、彼がわたしに宛てた愛の言葉を読みあげていく。
 わたしはこんなに愛されているのに、疑ってしまったなんて。ごめんねギアッチョ。神様もごめんなさい。今度日曜のミサに参加します、なんでもします。


「なになに〜。……なまえが甘い菓子だったなら、俺はその肌に舌を這わせ、いっそ口に含んでしまいたい。きっとギモーヴのようにとろけてしまうのだろう=c…ぷっは〜あまーい! スイ〜ト!」

「てぇ〜ンめぇ! ゴラァッ!!」

「ちょっと待って、これ見てよ……どうか愛させてくれ。俺はお前を殺してしまいたいほど愛しているんだ=@……怖いッ!! 愛が重いよ〜!」

「いい加減にしろ!」

「アッハハハ!! 殺してしまいたいだって〜! どうか愛させてくれだって〜ッいいよ〜許可するゥ〜っ!」

「っクッソが〜ッ!!」

「ギアッチョ〜! わたしも愛してるから殺さないでね〜!」

「殺さねぇわッ馬鹿!」

「キャ〜ッ!」


 一瞬の隙をつかれて腕を掴みあげられた。そのまま背後にあったソファに押し倒され、沢山の愛の言葉が宙を舞う。挙式後、新郎新婦に降りそそぐ、ペーパーシャワーみたいだ。
 「ギアッチョと結婚なんて無理」と思っていたけれど、この高揚した気分ならばうっかり婚姻届にサインしてしまうかもしれない。もし誕生日とお正月とナターレが一緒にきたら、こんな心地になるのだろうか。幸せを飴みたいに固めて丸めて、イタリア中の人に配り歩いても余るぐらい、今のわたしは幸福だ。


「……にやにやすんな」


 脳内のお花畑がそのまま表情にあらわれていたらしい。
 お前と一緒にいる時間はやけに早い。まるでジェットコースターに乗っているようだ≠ニ書かれたメッセージカードで口元を覆ってみるけれど、ギアッチョは、ばつが悪そうな顔のまま、わたしを見おろし続けている。


「いたっ」


 痛いと言ってはみたものの、実際のところギアッチョのでこぴんは小さな虫が当ったときよりも柔らかかった。


「ねぇ、だって、どうしたってにやけちゃうよ」

「ックソ……」

「すっごくうれしいんだもん。ギアッチョがわたしのために時間使ってくれたって思うだけで、うれしくてうれしくてふわふわ浮いちゃいそうになるの」

「ハァ?」

「これ以上幸せになったら背中から羽根が生えて飛べちゃうかもよ」

「……そりゃあ困ったな」


 半笑いでいい加減な受け答えをするギアッチョは、余裕たっぷりというふうで、めずらしく鷹揚な雰囲気を漂わせていた。
 ギアッチョのスポーツ選手ばりに硬い太ももの上に乗って、髪を指にくるくる巻きつけて手遊びをする。こういう無気力なときのギアッチョは、なにをしてもされるがまま、テディベアみたいでかわいい。


「オメーが風で飛ばされそうになったときは鎖で繋いでやるよ」

「うわぁ〜やらしー。それって監禁?」

「かもな」

「さすが〜。殺したいほどアイシテル、なんて言っちゃうだけあるね」

「……そうだな」


 もうこのネタでいじられることに慣れたのか、あるいはすっかりあきらめてしまったのか、さっきみたいに激昂したりしなかった。
 落ちついたギアッチョはかっこいいけれどちょっとつまらない。なつかない子犬のようにギャンギャン吠える姿がかわいいし、からかい甲斐があって好きなのに。


「女ってのは……、」

「え?」

「女ってのはやっぱそういう、言葉が欲しいもんなのか? ありふれたもんでも」

「欲しいって言えばくれるの?」

「……さぁな」


 わたしは自分の耳の裏に手をあてて、彼の口元に近づける。


「いつでもいいよ、待ってるから」


 そう小声で問いかけると、ギアッチョは力の抜けた笑みをこぼし、

「かなわねぇなぁ」と呟いた。


 やがて、わたしの鼓膜を震わせたそれは、どんな技巧を凝らした偉大な詩人の言葉より美しい愛の囁きだった。





(2013.10/06 UP)(2019.07/07 修正)


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