彼が大会の賞金で郊外の家の購入を決めたとき、わたしが唯一ねだったのはアンティークの家具でも靴が千足収納できるクローゼットでもなく、家に比べると心持ち広い庭だった。
 キングサイズのベッドシーツを気兼ねなくお日様の光に当てておきたいと、そうすべきだと主張するわたしの顔を、彼は奇妙な味のフルーツでも食べたような表情で見つめていた。

 自由を謳うこの国では、グラマーな女性が水着姿で洗車することは許されても、靴下を庭先に干していると白い目で見られる、おかしな習慣が蔓延っている。


「乾燥機があるだろう。それを使えばいい」


 そんな呆れ気味の声が耳に届いたのは、彼の白いシャツに手を伸ばしたときだった。


「青空の下で陽の光に晒しておくほうが気持ちいいでしょ」

「面倒じゃあないか。それに――」

「貧乏臭い?」

「あぁ」

「英国競馬界の貴公子さまがそ〜んなこと気にするんだ」

「社交界じゃあオレは小金にうるさく恋人をメイド扱いしてると噂されているんだぜ」

「言わせておけばいいじゃない。……ほら、太陽のにおいがするよ」


 どれ、と風に揺れる真っ白のシーツに鼻を寄せる。彼にしては珍しく従順な行動に驚きつつ、わたしは洗濯かごから靴下の片割れを探した。


「お前の祖国ではどの家もこうして手間をかけているのか」

「そうね」

「不思議な光景なのだろうな」


 眩しそうに細める、彼のよく磨かれた宝石みたいな瞳の奥には、懐かしい故郷の家並みが映されているような気がした。
 彼に倣って前方の茂みを見つめる。二羽の鳥が若葉を揺らし、戯れながら青空へと飛び立っていった。


「手伝おうか」

「ディエゴが? 一体なにを?」

「君のお望み通り。なんだってするさ。手始めに、このカワイくって小さな下着を干してやるさ」

「折角だけどそれは丁重にお断りするね」


 隙あらばわたしの旋毛やら首やら唇にキスを落とす。それがこの上ない余暇の過ごし方なのだと彼は言う。呼吸する暇すら惜しんで幾度も口付ける。幸福のゲートを封じるみたいな切実さで、この幸せを逃してしまわないようにと。
 焦燥すら覚える口付けのあとには、どこへも行かせないという強固な意志を感じる手つきで肩を抱き寄せ、腕の中に閉じ込めるのが決まりだった。やさしいけれど、わたしの動きを押さえ込むには十分の力強さで。

 そんなふうにしなくたって、こんなに居心地のよい陽だまりから決して逃げやしないのに。





(2014/05/29)



< BACK >