エスプレッソを流しこんだ勢いをそのままに、向かった先は街の小さな花屋だった。
たちの悪い客を追いはらったのをきっかけにして、ときどきここで花を買うようになったが、組織と関わりのある店ではない。店の人間は一般人、いや善良な市民とでも言おうか。
「ボンジョルノ、アバッキオ」
「ボンジョルノ」
店の入口、色とりどりの花々に囲まれて彼女はいた。いつも目があうと、こうしてとろけるようなほほ笑みをくれるのだ。
「花をくれ」
「ふふ。ここには花しかないわよ」
「……あぁ。そうだったな」
「いつものでいいかしら」
いつもの、とは俺がわけもなく買い求める花束のことだ。いや、わけならあるがべつに花が欲しいからじゃあない。
「今日は贈り物にしてほしいんだ」
「贈り物?」
花鋏で茎を切り落としていた彼女は、手を止めてはっとした表情でこちらを見た。俺が花を贈るのはそんなに意外だったろうか。
「どんな理由?」
「理由?」
「記念日とか、誕生日とか……なんでもない日ってのもあるけどね。美しい君へ、なんでもない日に」
「……そうだな。今のところはなんでもない日だ」
「今のところは」
そうして意味ありげな目配せをくれると、彼女はふたたび仕事に戻っていった。
「彼女、どんな色が好きかしら」
「わからない。だから任せたい」
「わたしが選んで良いの?」
「あんただから良いんだよ。……センスがいい」
「責任重大ね」
彼女はいつになく真剣な顔になり、つかの間の逡巡のあと、
「……その…………彼女はどういう子かしら?」
と、こちらを窺うような視線をよこした。
「興味あるのか」
「彼女好みの花束を作るためよ。……美人系? 可愛い系? それとも―」
「美人……だが、気取らないタイプで……表情豊かな愛想のいい女だ」
「あら素敵」
素敵、という言葉に反して彼女の顔が曇ったのは気のせいだろうか。
「この花みたいに、笑うと場が華やかになる」
黄色い花をとって渡す。俯き気味だったので彼女の表情は見えなかった。ぱちんぱちんと切り落とされる植物の断末魔だけが静かに響いている。
ややあって、彼女が派手な花束を手に近よってきた。いつもの花束とは違う。たしかにこれは贈り物だ。
「これでどうかしら」
「完璧だ」
「よかった」
支払いを終え、花束を受け取る。彼女はあいかわらずの晴れやかな笑顔を向け、
「グラッツェ」
と手を振る。
なかなか立ち去ろうとしない俺に困惑している様子だ。
「……アバッキオ? どうかした?」
これをあんたに、と手渡せばどんな顔に変わるだろうか。驚くか。困らせてしまうかもしれない。あるいは。
(2019/02/23)
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